Beranda / ファンタジー / 黒き魔人のサルバシオン / 序章 第二話「世界に仇なす者たち」

Share

序章 第二話「世界に仇なす者たち」

Penulis: 鈴谷凌
last update Tanggal publikasi: 2026-04-02 18:28:45

「はあっ!」

 鋭い掛け声とともに、エルキュールはハルバードを横に薙ぎ払う。

 振るわれた刃は目前の獣型イブリス――魔獣に命中し、不快な音を奏でながら敵を吹き飛ばす。

 この辺り一帯に広く生息する狼型は、ヴェルトモンドでも一般的な魔物の種であった。

 リーベの狼よりも一回り大きい体躯。

 禍々しい紫色の毛並みは逆立ち、犬歯は肥大化して赤く変色している。

 全身を以て醜悪の二文字を惜しみなく表現した様子は、まさに魔獣と呼ばれて忌み嫌われるも納得の姿形であった。

 その上で。彼奴らを魔獣たらしめる最大の要素は、これとは別のところに存在していた。

 手足の先、身体の一部分。所々がリーベとは異なり、完全に物質化していない魔素の集合体で形成されており、赤黒い光が怪しく揺らめいている。

 爛々と赤い輝きを放つ魔素質、胸元にある宝石のような塊は顕著だった。

 エルキュールの胸元にあるそれと同じ、コアと呼ばれる魔素器官。

 魔素質の中でも極めて高純度のもので形成された核のような存在である。

「グ、グ……グルルルル……」

 傷つけられた狼魔獣が低く唸った。

 だが傷つけられた怒りとは裏腹に、エルキュールの与えた傷はまるで何事もなかったかのように回復していく。

 魔物に備わった驚異的な回復力は、大抵の損傷ならば回復させてしまう。

 リーベのように安定した物質だけの肉体ではない、魔素質を多分に含んだ身体を持っているからこそ為せる芸当であった。

「……うん、やはり昨日よりも強くなっているな」

 確信のこもる呟き。

 ここ数年にわたって魔獣の力はみるみる力を増していることも、その数が以前とは比べ物にならないほど増加していることも。

 エルキュールも話には聞いていたが、目の前の狼型はそれを何よりも裏付けするものだった。

 そのうえ殺しても殺しても、湯水のように次の魔獣が湧いてくる。ここから見える景色も疾うに慣れてしまうほど。

 何者かが魔獣の動きを裏から操っているのではないか。そんな不自然さを感じさせる。

「――っ!?」

 ふいに背中に感じた殺気、エルキュールは思考をスキップして素早く横に飛んだ。

 視界の端で元々いた場所を捉えると、二体の狼型が襲いかかっていた。

 咄嗟に躱さなければどうなっていたか。

「考え事をしている場合ではなかったな」

 気を取り直し、片手でハルバードを構える。

「この後には大事な用が控えている――悪いが消えてもらうぞ」

「グゥゥゥ……ガァァァァ!!」

 挑発を理解するだけの知性が魔獣にあるかは議論の余地があるが、ともかく彼らは一斉にエルキュールの方へ飛びかかってきた。

 エルキュールは半ば予測していたその猛攻を、後ろに跳んで回避する。

「――ダークレイピア」

 攻撃を空振り隙を曝す魔獣に、エルキュールは外気に含まれる黒き魔素を使役すると闇の攻撃魔法を素早く詠唱した。

 光を発する黒色の粒子が空中に集まり、やがて三つの細長い剣のような形を形成した。

 黒の細剣が術者の期待に応え、空中を駆ける。

「ギャ――」

 剣はそれぞれの魔獣のコアに寸分の狂いもなく突き刺さり、そのまま魔獣の体を貫通した。

 魔獣たちは飛びかかった際の姿勢を保ったまま一瞬静止し、力なく悲鳴を上げる。

 貫かれた体はやがて重力に導かれ地にたたきつけられる。

 魔獣の首元にあったコアが、エルキュールの魔法の威力によって石が砕け散るように割れ、やがて消滅した。

 コアの消失により回復能力を失った魔獣は、二度と起き上がることはなかった。

 この三体を含め、討伐したのはこれで十体目。

 これくらい狩れば、今日のところは魔獣が街に入ってくる心配もない。

 後の事は街に駐留している王国騎士団に任せれば、全て勝手に収まるだろう。

 ヌールに隠れ住んでいるエルキュールの、街に対するせめてもの貢献。

 二年もの間、ここで魔獣を狩り続けた最大の理由だった。

「……違うか。貢献なんかじゃない。これは、単なる欺瞞だ」

 朝焼けに涼風が靡く草原の中、エルキュールの存在だけが黒く際立っている。

 欺瞞、今のエルキュールの生活をこれほど的確に表す言葉もない。

 眠りを知らないエルキュールは、夜が更けた街を照らす月を、いつも取り残されたような心地で自室の窓から眺めていた。

 ヒトに近づこうと、自分と家族が住むこの街を守ろうと、殺戮に手を染めてきたが。同種である魔獣を殺すことにはやはり躊躇いがあった。

 そうすることでリーベの世界の住人だと自らを騙すことに、疑問を覚えない日はなかった。

 しかし。

「今日は……今日だけは、せめて明るい気持ちで過ごしてみよう」

 空を見上げれば、狩りを始めたときよりも高くなった日がエルキュールを照らしている。

 約束の朝食時が近づいていた。

 エルキュールは踵を返してヌールの街へと歩き出す。

 その背に射す温かな光に、燻ぶる苦心が浄化されるような錯覚を覚えながら。

◇◆◇

 王国内では比較的自然が多いヌールの街中をエルキュールは足早に歩く。

 いつもなら魔獣を狩る以外に予定もないので、図書館で魔法書や学術書を読み漁ったり武器の手入れをしたり、なるべく目立たないように過ごしていたが。

「習慣に身を任せて道を違えないようにしないと」

 エルキュールの住む家は街の外れに建てられており、こことは正反対に位置している。

 朝食まで時間はあるものの、余裕をもって行動するに越したことはない。

 それにもし油断して時間に遅れることがあれば、少し面倒なことになるとエルキュールは感じていた。

 母であるリゼットはいざ知らず、妹のアヤは遅れたことでひょっとしたら機嫌が悪くなってしまうかもしれない。

 幼い頃のアヤは素直な性格であり、人情に疎いエルキュールからしても彼女のことはなんとなく理解できていた。

 ところが年月が過ぎて成長するにつれ、アヤの心情を理解することが次第に難しくなっていった。

「もう十六だったか……」

 その頃のヒトは、思春期と呼ばれる色々と難しい時期だと、書籍である程度は学んでいた。けれども最近はどうにも上手くいかない。

「……女性の心情の機微はやはり難しいが、これ以上溝を深めることはしたくないな」

 たとえそれを除いたとしても、時間に遅れるのは一般常識的にあまり良くない。

「今度、年頃の女性が好みそうなプレゼントについて調べてみよう」と思考を締めくくり、エルキュールは先を急ごうとした。

「ん……?」

 その歩みはすぐに中断させられた。

 道を行きヌール広場に近づくにつれて、いつもに比べてやけに人の往来が多いことに気付いたのだ。

 日ごろ周囲の目には注意を払っている彼は、周囲の目にとても敏感であった。

 落ち着いて気配を消し、観察する。

 人々はどうやらエルキュールが向かっているのと同じ方角、即ちヌール広場方面に流れているようだった。

「もしかして、魔動鏡に何か映し出されているのか……?」

 そうだとすると、エルキュールとて様子を見に行かざるを得ない。

 人々の流れに身を紛れさせ広場にたどり着く。そこには予想通りの光景が広がっていた。

 三叉路に面した空間にあるヌール広場は、周縁が花壇や小さな木々によって彩られている。

 中に備え付けられた木製の長椅子は、広場の中心を囲むように整然と並び

人々が次から次へと腰をおろしていた。

 そしてその諸々よりもさらに内。

 中心部にはエルキュールの部屋にある姿見など比にならないくらいの、巨大な鏡が圧倒的な存在感を伴い鎮座している。

 青みがかかった鏡面と魔法術式が刻まれた紫紺の枠。ヌール広場の最大の特徴でもある魔動鏡だ。

 オルレーヌ国内の広場にはほとんど魔動鏡は存在するが、ここまで大きさは少々珍しい。

「ふわあぁ……こんな時間に何が映るってんだぁ? まだ朝の報道の時間には早いはずだろ?」

「さあ? 緊急の知らせかもしれんな」

 中年の男二人組が、そんな会話を繰り広げながらエルキュールのそばを通り過ぎる。男たちはそのまま空いている椅子に座った。

 魔動鏡は文字通り魔法による動く鏡であり、市民に対しその日の出来事などの情報を伝える機能を持つ。

 音と映像を伝達する魔動機械の一種で、光の上級魔法・ビジョンが付与されているためとても貴重である。

 故に公共施設などの限られた場所にしかないが、それでも極めて便利な代物には違いない。

「……少しだけ確認してみるか」

 先ほどの男も言っていた通り、定時ではないこの時間に映像が映されるのは稀なことだった。

 空いている後方の椅子に座り、鏡面に視線を向ける。

 すると鏡面は光りだし、次第に渦のような模様が現れる。ビジョンが発動する前兆だ。

「――六霊暦一七〇八年、セレの月、三日。オルレーヌ放送が最新の魔獣情報をお伝えします。本日未明、ヌール方面とガレア方面において魔獣が大量発生したとの情報がありました。当該地域にお住まいの方は十分に警戒を……」

 報道員が原稿を読む姿が魔動鏡を通じて映される。

 緊急の魔獣情報のようだ。

 先ほども一端に触れたが、魔法による防壁と騎士によって守られた街を少しでも離れれば、そこは魔物が跋扈する危険な地だ。

 最近では一般人の移動に制限が設けられ、特別な魔除けが施された馬車や護衛の者がない限り、自由に街の外へ出ることは認められない。

 魔獣は数が増えすぎると、獲物を求めて凶暴さが増し、防壁を突破して街に侵入することもある。

 故に魔獣情報は、今日のヴェルトモンドに暮らす人間にとって不可欠の情報であった。

 だが。

「なーんだ、魔獣のお知らせだったみたいね。大したことなかったじゃん」

「ホントになー……ったく、朝っぱらから広場に来たのによー」

 エルキュールから数人分離れた席から、若い男女二人組の会話が聞こえてくる。

 その声はいかにも拍子抜けした、という感情を雄弁に語っていた。

「魔獣に警戒って言ってもさ、最近なら街にまで来ることもないし……」

「騎士サマと防壁が守ってくれてるもんなぁ、俺達には縁のない話だぜ……つーか、この前王都では魔人が出たんだろ? そっちの方がヤバくね?」

 青年が立ちあがり、女性を連れて広場を去っていく。

 エルキュールはその様子をちらりと見た後、魔動鏡に向き直った。

 この間も映像はまだ続いていた。

「王都ミクシリアの騎士団本部や、対魔物専門機関・デュランダルによれば、前回の王都の件に引き続き、この件もイブリス至上主義団体・アマルティアが関連している可能性が高いとのことです」

 アマルティア。

 その単語を耳にしたエルキュールの、全身の魔素質が疼く。

 その団体の存在が確認されたのは、いまから約十年前のこと。

 魔物の活性化と時期を同じくして現れた、イブリス至上主義を謳う団体である。

 名前の他はほとんど素性は知られていないが、辛うじて判明しているのは、強力な魔人で構成され、魔獣を操る力をもったリーベ全体を脅かす敵であるということ。

 今朝、魔獣と戦闘していたときにも、エルキュールの意識にはその存在がちらついていた。

 かつて住んでいた土地を追われ、家族ともども放浪し、このヌールに移住するまでの間。

 魔獣を操るというアマルティアに関する噂は、エルキュールを頻りに不安にさせた。

 もし昨今の魔獣の増加にアマルティアが関与していたら。

 自分と同じ存在がこの世界に害をなしているとしたら。

 そう思うたびに、エルキュールはいつもある種の罪悪感を覚えた。

「……だが先ほど戦った魔獣、それ自体には特に不審なことはなかった」

 湧きたつ負の感情から逃れようと、エルキュールはあのときに問題が起こっていなかったかを確かめる。

 しかし思い返してみても、アマルティアの介入の形跡に思い当たる節はなかった。

 そもそもアマルティアに関しての知識は、ここの住民のものに少し毛が生えた程度にしか持ち合わせていなかった。

 だからここでいくら頭を回転させたとしても答えが見つかることはないのだが。

「あの名前を聞いて、じっとしてはいられない」

 不安要素はなるべく排除しておきたい。朝食を済ませたら改めて調査してみようと思い、エルキュールは腰を上げた。

 思考の旅を終えてあたりを見渡せば、あれほどいた人々はほとんど散り散りに去っていた。

 あの若い男女のように、魔動鏡の魔獣情報には早々に興味をなくしたようだった。

 今この世界が危機に瀕していること。

 それはあくまでも騎士や報道でもあったデュランダルが対処すればよいだけのことで、一般の市民にはあまり馴染みのないことだとでもいうのだろうか。

 街の外に出ない、もしくは魔獣の脅威を直に知らない者からすれば、この平和は当たり前のように存在しているものに見えるのだろうか。

 しかし実際、この街の平穏は何も自然にもたらされているわけではない。

 その実現には騎士の活躍や、エルキュールの力も僅かながらに関わっている。

 今は安定しているが、それが後にも続くと限らないのだ。

 怯えずに毎日暮らせているなら何よりであるが、もう少し魔獣情報に対して気を配ったほうがいいのではと、魔人である立場ながら思ってしまう。

「全く、なんて呑気な――」

「やれやれ、随分と呑気な連中だな」

 エルキュールが人々のそんな様子を見て柄にもなく呆れていると。

 後ろから軽い声が発せられた。

 偶然とは思えないその言葉に思わず振り返ってしまう。

 他人との関りを極限まで減らしているエルキュールは、その自身の甘さを呪ったが、遅い。

 一人の青年がエルキュールの目をしかと見据えて笑っていた。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十八話「王都入り 前編」

     光の魔術師、ジェナ・パレットとの邂逅。アマルティアの魔人ミルドレッドが引き起こしたとされる魔獣の一件。そしてそれに巻き込まれる形となった、カイル・クラークの失踪事件から四日が経過したその日、アルトニーの詰所に一本の魔動通信が入ってきた。 差出人はロベール・オスマン。このオルレーヌ全国に配置された騎士各員の頂点に立つ選りすぐりの猛者その人である。齢五十に差し掛かろうとは思えない精悍な顔つきと鍛え抜かれた岩のような肉体。毅然とした態度で部下を指揮するその姿に部下からの信頼は厚く、密かに熱狂的なファンもついているという噂だ。 だが、傑物とすら謳われるその御仁からの直々の連絡、その内容というのは誰もが思いもしないものであった。『エルキュール・ラングレーという青年と話がしたい』 取次ぎに来たカーティス隊長からそんな伝言を受けたとき、月並みな表現にはなるがエルキュールは心底驚いていた。 王都に向かおうと準備を進めていた只中の連絡であるのもそうだが、そんな時宜に適った偶然性だけではない。 片や全国の騎士を束ねる大人物。片や人の目を避けながら生活する、表向きは単なる平凡な青年。 圧倒的な立場の違い。その中にいる両者に接点が生じるなど微塵にも考えていなかったというのが主たる理由だった。 しかもこの通信は公的な理由ではなく、あくまでもロベールの個人的な用件のために行われたのだという。 焦らずにはいられなかった。 ただでさえ最近は魔人である身でありながら、堂々と動きすぎたと反省していたところだったのだ。 その正体が明るみになってしまったのではないかと思うと、気が気ではなかった。 通信機を持つエルキュールの手は震え、体内の魔素が嫌に活発になっているのを感じていた。 だがそれを表に出すほどエルキュールも柔ではない。大事なのは平静を装うこと。十年に及ぶ生活で培った図太さを十全に発揮して、ロベールとの通話に臨んだ。「……はい、エルキュールですが」「ああ。お初にお目にかかる、オルレーヌ騎士団団長のロベール・オスマンだ……済まないね、突然無理を言ってしまって。しかし、どうしても君に話しておかなければならないことがあってな」 低く、微かに濁りが混じった声色。しかし、決して老いぼれているという印象はなく、どちらかと言えばくすんだ銀のような渋く、味わい深いものであると感

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 挿話①~アヤ~「遺されたもの」

     彼のヌール事件から八日が経ったセレの月・11日のこと。破壊された街を復興しようとする計画が開始され、それに先駆けて郊外の空き地には仮設住宅が設置されていた。 事件当時ヌールの外にいた住人、そして襲撃から逃げ延びた住人、それまで各地で難民生活を送っていた人々も、その動きに乗じて徐々にヌール跡地へと集まっている。 その何れもが、元居た住処を追われ、知人の多くを失うことになった。それでも彼らはその地で再会できたことを喜び、互いに街の復興に尽力しようと、青空のもとで誓いあったのだった。 ヌール復興には比較的体力のある元住民たちのほかに、王国騎士団本部からの要請で赴任した騎士が参加することになった。 先んじて行われたのは具体的な被害状況の確認。一見して全ての住宅が崩壊しているということもなく、細かく見ていけば生活に使えそうな物資がそのまま残っているかもしれないという希望があった。 念のため騎士連中が跡地内に魔獣の残党がいないかどうか魔素を探り、崩落の危険がないと分かったうえで、有志の住人たちは廃墟と化したヌールを探索することになった。 一連の動きは迅速で、元住民たちは我先へと内部へ入っていった。近くにいた騎士たちも、探索における危機はないとはいえその住民たちの勢いに注意の声を飛ばす。 ずっと帰りたかった場所がもう目の前にあるのだから、そんな簡単に止まるわけもない。 暫くしないうちに、その場にはお揃いの薄紫の髪が映える二人の女性のみが残された。 一人は物腰柔らかな壮年の女性。もう一人は利発な雰囲気を醸す少女。身体的特徴から母娘だと推測できる彼女たちは、先ほどまでここに集っていた元住民たちの一員であった。 だがどういう訳か、その脚は先へと進む素振りを見せず、何か焦っているようにも取れる表情で辺りを見回すばかりである。「……失礼、見たところあなた方もヌールの人間のようですが……中には行かれないのでしょうか? もし中の様子が心配でしたら、私が付き添うこともできますが」 これを不思議に思った騎士連中のうちの一人が彼女たちに尋ねる。少し圧倒されてしまうほどの長身と、人当たりの良い爽やかな笑みが印象的な青年だった。 対する母娘はまさか声をかけられるとは思っていなかったのか、動きを固くした。だが相手はどこからどう見ても一般の騎士である。そのことを認めた女性はすぐ

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十七話「閑静な夜会」

     カーティス隊長とエルキュールらとの会合はそれからつつがなく終わりを迎えた。と言ってもあの話題以降のエルキュールは全くと言っていいほど頭が働かず、その内容の記憶もどこか朧気であった。 最低限の情報として、カーティス隊長が王都の騎士へ橋渡しをしてくれ、迎えを手配してくれること。その間エルキュールたちはこのアルトニーに滞在しなければならないことは、念のためグレンとジェナに確認を取ったが。 会合を終えたカーティス隊長はすぐにでも騎士団本部と連絡をしたいとのことで、一足先に詰所へと戻っていった。 何の偶然か泊っている宿が同じであったジェナとは、各々の部屋で別れるまで帰りを共にした。そのジェナも、相部屋であるグレンも、揃ってエルキュールを心配してくれていたのを覚えているが、エルキュールにはどうにも上手く返せた自信がなかった。 まるで意識に靄がかかってしまったかのような酩酊感の中。時間が過ぎゆく感覚すらも忘れ、気付けばエルキュールは暗くなった室内でベッドに寝転がっていた。 隣のベッドにいるグレンの煩いいびきが、鈍麻したエルキュールの意識にさざ波を立たせてくれたのだろうか。 それとも夜に混じる闇の魔素に、魔人としての本能が刺激されたのか。 光に群がる虫のように、もしくは糸で操られる人形のように。エルキュールの身体は無意識のうちに、暗闇に閉ざされた街へ誘われていた。 アルトニーの夜風に交じって舞う闇の魔素、空気中に含まれるそれを、エルキュールはやけに敏感に感じ取っていた。振り返れば今日は随分と力を消耗した、その反動で身体を形作る魔素質が反応しているのだろうとエルキュールは思った。 疲弊した身体には夜の散歩が丁度良い。エルキュールのコアも魔素質も、闇属性の魔素を中心に形成されているので、意図して魔素を吸収をしなくても闇の魔素を浴びることができるのだ。 欠乏したものが満たされていく感覚は心地よく、人の世界に生きる魔人にとって何より貴重なものだ。身体だけでなく精神もまた安らいだように感じられ、エルキュールの足取りも徐々に軽くなる。「……あ」 そうして黒く染まる道を闊歩していた足がふと止まる。今朝――ひょっとすると昨日の朝かもしれない――通り過ぎたアルトニーの広場、そこにはかつてのヌールと同じく魔動鏡が鎮座していた。 もちろん広場なのだから魔動鏡があるのは当たり

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十六話「善悪の境」

     会合の約束を取り付けたエルキュールは、すぐさまクラーク一家と歓談していたジェナも来るように誘った。 当の本人は快諾してくれたのだが、彼女に懐いているカイルとサラは難色を示し、説得するのに少し手間取ってしまった。 どういう訳か、特にカイルはジェナが離れることに殊更に抵抗しており、事の発端のエルキュールを見る目は、まるで親の仇を見るような眼つきであった。 話を聞く限りジェナとカイルたちとは共にヌールに行く約束を交わしたらしく、それが果たされぬまま別れることを惜しんでいるようだった。 ヌールの街は崩壊した。だから約束も無効となる。簡単だが残酷な論理は十にも満たない幼子には受け入れ難いようで、説得するのには苦労した。 彼らはしばらくしたら故郷であるガレアに帰るとのことで、結局のところ時を見てガレアに遊びに行くというジェナの提案で、なんとか子供たちも了承してくれたのだった。 カイルたちがここまで渋るのも偏にジェナの人徳からなのだろうが、こういう場合にはそれすら面倒を起こす種になってしまうのだと、エルキュールは難儀したのだった。 一悶着ありはしたが、カーティス隊長の案内の下、件の店までやって来た一行。木の香りが心安らげる居心地の良い内装の店だったが、この時勢からか閑古鳥が鳴いており、悲しいほどすんなりと奥の個室に案内された。 席に着くや否や各々が注文を取り始め、エルキュールも渋々それに倣った。魔人である彼は食事を採らないためだ。 動力源となる魔素はもちろん料理にも含まれているが、そこに含まれる魔素の属性はまちまちな上効率もすこぶる悪い。 家族と同じ時間を共有するために、口に入れた料理を魔素に分解するという技能を身につけこそしたが、家族以外の人間、しかも複数人で揃って食事をするのは彼にとって中々心理的負担が重い行為だといえよう。 詰まるところ、食事を採りながらの会合を認めたとはいえ、エルキュールはこの食事会に対して消極的であった。 結局、エルキュールはお腹がすいていないという理由で簡単なサラダとスープを注文するに留めた。 共に食事をしたことのあるグレンはともかく、ジェナやカーティス隊長には疑問に思われることを覚悟していたのだが、それも杞憂だったようだ。 カーティス隊長からは「私も年なのか最近は食が細くなってしまいましてねぇ」などと共感を受けた。ある

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十五話「交わるとき」

     アルトニーの森を脱したエルキュールとジェナが騎士団詰所に帰還したのは、もうすっかり陽が落ちてしまった頃であった。 詰所に先に逃げ延びていたグレンとカイル、未だ帰ってこないジェナたちを心配するクラーク一家は、二人の無事に大いに喜んだ。 クラーク夫妻は腰を痛めるのではないかと心配するほどエルキュールらに頭を下げていたし、ずっと不安と緊張を抱えていただろうサラは大声で泣きだす始末。事件の渦中にいたカイルは自分のした行いを猛省し、そんな妹に申し訳なさそうに何度も謝っていた。 それぞれが思い思いに感情を爆発させる様に、エルキュールはもちろんのことジェナやグレンも若干押され気味だった。 それに追い打ちをかけるが如く、遠くから騒ぎを駆け付けた騎士連中までもがその人の渦の中になだれ込んできた。 一兵卒の過失によるこの事件に責任を感じていたアルトニー騎士たち。もちろん全員ではないがカーティス隊長を筆頭に数人が集い、事件解決に動いてくれたエルキュール、グレン、ジェナの三名に丁寧な陳謝と賞賛を送った。 ここまで事が大きくなるとは思っていなかったエルキュールは、正直いって多くの人間に囲まれるというこの状況から逃げ出したくあったのだが。 彼の弱気に目聡く気付いたジェナとグレンによってそれも阻まれ、むしろかえって二人からの揶揄いを受けることになったのだった。 詰所内はまるで祭りでも催されているのかという程の賑わいを見せていたのだが、やはり勢いというのは時が立てば落ち着くもので、次第にそのほとぼりも冷めていった。 先ほどエルキュールらにお礼を述べてきた騎士などは、この時間になってもなお仕事に追われているらしく、早々とそれぞれ持ち場に戻っていった。 この街が抱えている問題は依然としてあることを再認識させられるが、とにかくこれからの展望について語るのなら、今が絶好の機会だろう。 疲弊した精神を癒すべく、集団から離れていたところで暫しの休憩していたエルキュールは、場の空気が落ち着いていくのを感じながら決意した。 王都へ至る道にグレンのほかにジェナが加わった。まずはそのことを知らせようと赤髪の彼を探す。 こういう時、背の高さは素晴らしいものだなと思う。部屋の隅の方でカーティス隊長と話しているグレンの姿を容易に確認できた。「そういえば、グレンの家はあのブラッドフォードだったな

  • 黒き魔人のサルバシオン   一章 第十四話「新たな同士」

    「分かりやすいように、君が話してくれたことと照らし合わせて話すとしようか」 これから話すことの全容を知っているのは、エルキュール自身を除けばもはやグレンくらいしかいないだろう。あまり自分のことは周囲に語らないように心掛けてきたので、いざ核心に迫る部分を自ら曝け出すとなると緊張が抑えられなかった。「まず、そうだな。君が言っていたという黒づくめの男だが……あれは恐らく俺のことだ」「ん? え……? えぇぇええー!!?」 ジェナの叫びが木々を突き抜けこだまする。確かに今のは突拍子もない発言だった。訂正し、順序だてて補足する。「その、俺は元々家族とヌールの方に住んでいたんだ。そこで魔獣を狩り、そこから採れた素材を家計の足しにしていた。君が聞いたのは恐らくそのことだろう」「あー、そっか。確かにそうかもしれないけど……って、え? ヌールに住んでいたってことは――」 過去形の表現。もしくはそうでなくてもエルキュールが言ったことがどういう意味を持つか、ジェナには容易に知れたかもしれない。「……あの事件の日。魔獣の大量発生の知らせを受け、念のために俺はある組織について調べてみることにしたんだ」「アマルティア、だね」「そう。結果としてヌール近辺の平原で彼らの痕跡を見つけたが、それは意味を為さなかった。陽動にまんまと嵌り、何とか追いついたころには、彼らが魔獣を操って街を攻撃し始めた後だった」 感情の色を乗せず、淡々と語る。本題でもないところなのでさっさと流したいという思惑からだったのだが、聞いているジェナの表情は悲痛に溢れていた。 とはいえ既に飲み込んだこと。要らぬ感傷を与えないように、言葉を矢継ぎ早に繰り出す。「動機は不明だが、アマルティアは人間を汚染する他にも、俺という存在を仲間に引き入れたかったようだった。そんな勝手な都合のために、不幸にも無関係だったヌールの街が巻き込まれた」「……まるであなたにも非があるみたいな言い方だね」 それは実際そうだろうと、言いかけた口を噤む。ジェナは責めているのではなく、暗にそれを否定しているからだろうというのが理解できたからだ。自身がどう捉えるかは勝手だが、その健気な思いは無下にはしたくなかった。「それはどうだろうな。けど俺は、俺の大切なものを傷つけたアマルティアを許せなかったし、無力な自分にも嫌気がさした。だから一人

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第八話「導」

     魔獣が落とした石片を手掛かりに、二人は北に位置する遺跡を目指す。周りはもはや開けた平原ではなく、木々が茂る林である。 鬱蒼とした木々で空が覆われ、視界が悪い。閉鎖的なその環境は人間の手が介入していないため、魔獣が住みついているようだ。 途中、何回か魔獣に襲われることもあったが、その度に二人は連携しこれを撃退していった。 ところが、その回数が十に差し迫った頃――「だーーっ!! 流石に数が多すぎねえか!? どうなってんだ、さっきからよ!」 立て続けに魔獣に襲われ、ついに我慢できなくなったグレンが叫んだ。その赤い髪は彼の苛立ちを表すかのように見える。「なあ、エルキュール。この辺はいつ

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第七話「初めての共闘」

     グレンの宿代を賄うため、二人は平原を歩き魔獣を探していた。ヌールの門付近から移動して少し経った頃だが、辺りを見回しても魔獣の影すら見えない。 魔獣がいなくては換金用の素材も手に入らない。思うようにいかない状況に、グレンは苛立ちを隠せなかった。「この辺にはいねえみたいだな……ったく、普段は魔獣なんてそこら中に湧いてやがるってのに」「ここ一帯の魔獣は、既に俺が討伐してしまったからな……」 エルキュールは毎日の日課として魔獣を狩っているが、今回はそのことが仇になってしまったようだ。「クソ……この調子じゃ結構時間がかかりそうだな……ん? お、そうだ――」 怠そうに愚痴を吐いていたグレン

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第六話「それぞれの理由」 

    「よう相棒、二時間ぶりくらいか?」 隣町のニースまで買い物に行くという家族と別れた後、待ち合わせ場所のヌール広場に到着したエルキュールに、声がかけられた。 広場の長椅子の背もたれに寄りかかっていた身体を起こし、グレンはエルキュールに歩み寄る。「相棒……? 俺と君はそこまで親密な仲だったか?」 出会って間もないはずだが過剰に親しげに声をかけたグレンに、エルキュールは余所行きの固い態度で返す。「とはいってもなあ……こっちはまだお前の名前を知らねえんだ。オレがせっかく名乗ってやったのに……つれない奴だ」「……エルキュールだ。確かに名乗らなかったのはこちらが悪かった、謝ろう。ところで魔獣

  • 黒き魔人のサルバシオン   序章 第五話「鑑定屋にて」

     ただ素材の換金に来ただけのはずだったが、妙なことになってしまった。 当初の目的といえば、ただ魔獣の素材を換金しリゼットたちの買い物に役立ててもらうことだったが――「そうだな……マクダウェル家のメイドとして雇ってやってもいいな」「ルイス様、いきなり何をおっしゃっているのですか!?」「フン、別に構わんだろう? ……ああ、能力の事なら心配ないさ。教育を施せばな」「いえ、そういうわけでは……」 どういうことかエルキュールの目の前では、アヤが先客の貴族の青年ルイスにおかしな勧誘をされている。 ルイスに会うのはこれが初めてだったが、彼が口にしたマクダウェルの家名には兼ねてから聞き覚えがあ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status